ハリボテのような言葉に囲まれて


舛添大臣の「家族だんらん法」が話題になった。


あの残業代0円法を「家族だんらん」などと言い換えられるツラの皮の厚さに驚愕したわけだが、小泉がやった「障害者自立支援法」というときも全米が泣いたものだった。障害者への保障を削り、給料をピンハネするだけで、どこから「支援」なる発想が生まれるのか。今でもよくわからない。むしろ自殺支援法と呼ぶべき類のものであった。


地方ではだいたいのところパチ屋消費者金融無人店舗が幅をきかせていて、しょせんは鉄火場と高利貸しという後ろ暗いアンダーグラウンドな業界に過ぎないはずなのだが、ピカピカで明るく、ど派手な看板と建物とCMガールを起用してはうまくごまかしを計っている。それと同じことが日本語の世界でも相も変わらず起きているのだ。


「日本語が乱れている!」と憂える意見を新聞の投書欄などでよく見かけるが(口語体の文章で投書しているてめえはなんだといつも言いたくなるのだが)、それは仕方がないことだ。政治家やメディアが都合の悪い言葉をどんどん変えたり、消したりしているからだ。


テレビ媒体ではそもそも○○屋というのを使わなくなっている。床屋、八百屋、パチンコ屋、パン屋。土建屋。屋というのが差別的なニュアンスを含んでいるからだという。職業となればキリがない。汲み取りや拡張団も自粛用語。最近では北陸の漁業関係者に配慮してエチゼンクラゲも言い換えられる可能性が高いらしい。


そもそもジャーナリスト、ジャーナリストとやかましニュースステーションの古館にしても、こういうことを言い出すマリー・アントワネットのようなお貴族根性の持ち主である。


http://d.hatena.ne.jp/throwS/20070829#1188362454(マトモ亭 意地でも鳥取県を鳥殺県と言いたくなったよ)


ことの本質をごまかさずに伝えるのがジャーナリストの仕事だと思ったのだが、彼ときたら「殺なんて嫌! こわい! 言い換えて! おすぎです!」という態度を隠さない。モザイク&テロップで作為的な編集がまかり通る軽薄なテレビメディアの現状を象徴するすばらしい発言だと思う。


とはいえテレビという怪物メディアでは言葉の配慮が必要なのもわかる。しかしそのおかげであの媒体で使われる日本語というのは、まあ乱れてはいないものの、無味乾燥でおそろしくつまらない。彼らは現在お役所をガンガン攻撃しているものの、番組に出てくる日本語はお役所もひれふすくらいに定型文と手垢だらけの言葉の連続である。「感動の涙」「驚きの展開」「落ち着いた佇まい」「キチっと対応すべき」などなど。


とくに今一番イライラする言葉がこの「キチッと」である。本当に一日に複数回聞かされるフレーズだ。もちろんこれはキチっと仕事をしてこなかった社保庁のせいでもあるのだけれど、とにかくワイドショーやニュースショーでは頻繁に頻繁に頻繁に登場する。先日のニュースステーションでは20分の間に5回も使われていた。政治家が「キチっと対応したい」といい、古舘がいい、女性キャスターいい、ゲストの鳥越俊太郎まで口にしたときには呆れ果ててしまった。別に政治家が口にするのは構わない。彼らの仕事は豊富な日本語を駆使することではないし。(語彙が豊かな元小説家の政治家がいるけれど、ろくなもんじゃないしな)


しかしニュースキャスターやコメンテーターというのは、もう少し豊かな言葉を使ってくれてもいいのに、と思わざるを得ない。ズサンで悪いことをした企業や役所を取り上げては、「キチッと対応しろ!」の一点張りだ。三歳児でも吐けるようなコメントで、それで高額なギャラをもらっているかと思うと、どうにも怒りが湧いてくるのである。


もっとも、生本番でユーモアとウィットに富んだ言葉を言うってのも難しいものだろうけど、そこはプロの見せ所であろう。そのあたりはやはりもう少しキチッと対応してほしいなとテレビ局に対して思うわけなのです。おあとがよろしいようで。ドンドン。